ご無沙汰してます

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2015年5月20日
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九州から関東に来た中西です。

皆さんはには恩人と呼べる人はいるでしょうか?

プロ野球界の話ですが、仰木彬さんという名将がいたことを覚えていますか?

もう亡くなられて10年ほどになりますが。野茂さん、イチロー選手などを見出した人です。

そして僕が野球人でもっとも尊敬する清原和博さんの花道を用意してくれた人です。

話はイチロー選手との師弟関係の話です。

イチロー選手がマリナーズからヤンキース移籍を決意させた恩師の言葉

立ち止まって後悔するより前に進んで後悔しろ

みずから志願し、ニューヨーク・ヤンキースに新天地を求めたイチロー選手。

スーパースターの地位をかなぐり捨て屈辱的な条件をのんだ裏には、その活躍を後押しした故・仰木監督のアドバイスが、今も心の奥深くに刻まれていたからです。

イチロー選手と仰木監督の関係をひと言で言うなら「上司と部下」でしょう。でも、単なる「上司と部下」の関係じゃなかったと思います。

人は、最初に自分自身を育て上げてくれた人のことを永久に忘れない

とよく言われますが、まさに2人の関係に最も的確に当てはまる言葉です。

仰木監督は「夢を持って将来を見つめている」若者に対して人一倍理解を示したそうです。

仰木監督のもとからは、野茂英雄、、長谷川滋利といったそうそうたる選手が次々とメジャー入りを果たし、大輪の花を咲かせたのも、仰木監督という存在が大きかったでしょう。

仰木監督の口癖は「その場に止まるな。やらずに後悔するなら、やってみて後悔したほうが気持ちは燃焼する

イチロー選手が日本の球界に区切りをつけ、メジャー行きを思い悩んでいる時でも後押ししたのは、仰木監督のひと言があったからだそうです。

同じチャレンジをするならば、若いうちのほうがいい

日本球界の存在を世界にアピールしたいという思いが、仰木監督の心の中で強くあったみたいです。

そしてマリナーズ晩年のイチロー選手は、「マリナーズに自分が必要かどうかを考えた時、出たほうがいいと判断した」

と、古巣にトレード直訴したそうです。

つまり、先行きが見えない球団の中で、過去の実績だけでモヤモヤしているよりも、思い切って新天地に働きの場を求めたのは、仰木監督がイチロー選手に対して言い続けた「止まって我慢をするよりも動いて自分の道を開いていけ」を実践して今に至るのです。

イチロー選手と仰木監督の師弟関係は、20年以上の時を超えて深く結び付いているそうです。

僕も最近、中学時代の先生にお会いしました。

あの頃は怒られ、叩かれ、ケンカもし、ムカつく存在の時もありましたが、

今会うと、先生の存在がありがたいですね。

すべてが恩義に思います。

皆さんは師弟関係はあるでしょうか?

それでは、この辺で・・・